私の住むまち

私には家が二つある。

一つは生まれ育った岡山県の田舎町に、もう一つは今暮らしている東京にある。

長期休みになると私は実家へと帰る。

外を歩けば必然的に空と、山や田畑の緑が視界に映る。

時には警戒心を捨てた猫に出会うこともあるし、四季折々の虫を見ることもできる。

私にとってそれは非常に見慣れた景色だ。それが、落ち着く。当たり前の景色だ、と思っていた。

 

 

新幹線でおよそ3時間かけて東京に戻ってくると、そこにはどこまでも続く広大な空も、緑豊かな自然もない。

所狭しと並べられた背の高い建物たちの片隅にあるのは、ゴミ。

私は嫌悪を感じる。

なぜこの街の人たちは自分の住む街を、自らの手で汚すのか。

たしかに、田舎町にある実家よりは遥かに住みやすい。徒歩圏内にコンビニ、さらにはスーパーまであるし、

電車だって1時間に何本も走っている。バス停なんかもあるのだ。

だが、空がない。緑がない。そして、ゴミがある。

 

 

岡山も、東京も、私の住むまちだ。

だが、岡山の方が愛着が湧くのは、ただ私が生まれ育った場所だからという理由だけだろうか。