溶け合って、いつか陽だまりになる

OGURO MISAKI

上京してからの数年、私は「ひとりで生きる」ことの孤独を抱えていた。
誰もいない部屋に帰る日々、テレビに向かって笑った声がその日初めて

発した声だったことに気づく夜。

心のどこかに、ずっと埋まらない空白があった。

 

そんな私の空白を、そっと満たしてくれたのが沖縄だった。

 

あてもなく島を歩いていると、ヤギが一頭、こちらを見つめていた。
その目は、まるで風のように穏やかで、何も急かさなかった。
まわりには笑いながら餌をやる子供たちの姿。
陽の光がその白い毛を透かし、子どもたちの影をやらかく地面に落としていた。
人と動物と光がひとつに溶け合うような、やさしい時間がそこにあった。

 

夜風が心地いい繁華街では、島の人がきさくに声をかけてくれた。
気づけば会話が広がり、笑い声がテーブルの上をいきかわっていた。

そんなとき、移住者の人からこんな話を聞いた。

 

「沖縄の人たちはね、“自分がここで何かやりたい“って言うと、

いいさー、応援するよって、見返りも何も求めずまっすぐ背中を押してくれるんだ」

 

その話を聞いたとき、ふと胸の奥が静かにあたたかくなるのを感じた。
この島では、誰かを信じることが当たり前なんだ。
そう思えた瞬間から、落ちてしまった心のかけらを
そっと拾い上げてもらっている自分に気づいた。
ただ笑い合うだけで、息がしやすくなる場所だった。

 

沖縄では、都会で張りつめていた孤独がふっとゆるみ、ほどけていくのを感じた。

出会った風や光、人のまなざしを写真に収めるたびに、確かなぬくもりが心に染み込んでくる。

沖縄の人たちの懐の深さと心を拾ってくれる空気感が、ぐっと伸びをするような気持ち良さを感じた。

ファインダーをのぞき、シャッターを切る瞬間、私と世界はやわらかく結び直され、写真の中の風景が

「ひとりではないよ」と語りかけてくれていた。

 

きっと誰の中にも、言葉にならない寂しさや空白がある。
それは弱さではなく、生きていく中で自然に生まれてしまうもの。
だからこそ、空白を埋めようとするのではなく、その存在を認め、
そっと抱きしめるようなやさしさで包むことが、人を支えるのだと思う。

 

光がふれ、心がほどけ、人が寄り添う。
その一瞬一瞬が溶け合い、やがて陽だまりとなる