記憶が灯るとき

 

花田想乃子

 

どんな存在にも線を引かず、思いやりを忘れないこと。

これは私たち家族の生き方の軸である。

 

野草を食べてみたり、土砂降りではしゃいだり、屋根の上でお菓子を食べたり。

失敗しても「そんな日もあるよ」と笑い合う。

緩やかで自由だけれど、優しさの欠けた行動だけは許されない。

――そこには確かな線引きのある家族だった。

 

運動、絵、歌、たくさんの選択肢を与えてくれた両親のもと、私はダンスに夢中になり、

芸能コースへ進学した。高校生活は歌い、踊り、演じる毎日。その熱の中で生きていた。

 

転機は高3の6月、愛犬の死だった。

見返すたび記憶が呼び起こされる写真の力に触れ、初めて写真の価値を感じた。

「今までの表現と写真を組み合わせれば、あなたらしい表現になる。」

そう背中を押した母の言葉で、私は写真を学ぶ決意をした。

 

初めての一人暮らしは、思っていた以上に孤独で、責任と現実の重さに押しつぶされそうだった。

写真を学ぶほど好きになる一方で、知るからこそ迷い、表現に縛られる感覚も生まれた。

 

そんな時思い出したのは、家族が教えてくれた言葉だった。

「つらいときこそ、自分自身にも柔軟でいなさい」

その優しさが暗闇の中で自分を保つ灯りとなった。

 

写真を通して蘇る声や気配、温度や匂い、記憶が連鎖するように動き出す。

私が家族を撮り続ける理由もそこにあると思う。

家族との記憶そのものが、私の原点なのだ。

 

この作品が、誰かの心にも小さな灯をともしますように。

記憶の連鎖がまた新しい優しさへと繋がっていくことを願っている。