特別の少し手前で

中野耕聖

幼い頃の私は、新江ノ島水族館を「光と魚が揺れる不思議な場所」として覚えていた。                     

その感覚は、大人になった今でもどこかで続いていて、私にとってここは第二の故郷のような存在になっている。

 

大学で海の環境について学ぶようになってから、久しぶりに訪れた水族館の景色は少し違って見えていた。

そこはただ美しいだけの場所ではなく、人と生き物が寄り添い合う場でもあった。

その関わりの中心にいるのがトリーター(飼育員)であり、彼らの働く姿がどうしても気になった。

 

撮影の許可をいただいてバックヤードに入ると、来館者が目にすることのない作業や設備が並び、生き物一匹一匹の状態に合わせた細かなケアが続いていた。取材の中で、あるトリーターが「人間のエゴで展示する以上、命が途切れた時に泣いてはいけない。次に繋げるために改善し続けるしかない」と語った。

その言葉は、ここで働くということが単なる「仕事」ではなく、重い責任と覚悟の上に成り立っているのだと教えてくれた。

 

ショーにも、以前とは違う見方をするようになった。

観客を楽しませるだけでなく、生き物への刺激や健康のための時間でもあり、人と生き物の関係を更新する時間でもあった。

 

こうした裏側を知るうちに、幼い頃に感じていた「非日常」は、誰かの日常の努力に支えられていたことに気づいた。

そしてその構造を知った今の方が、むしろ当時よりも深く水族館に惹かれている自分がいた。

 

私はこの場所で働く人々と生き物たちの営みを、写真として記録したいと思う。それは、かつてこの空間に救われていた自分自身への応答でもある。

水族館という「第二の故郷」が、今も私を育て続けている理由を確かめたくて、シャッターを切っている。