grow hazy

強制された変化というのはなかなか馴染みにくい。

 

「レジ袋有料化」がある日から導入されたた。それは私にとっては普段飲むことのない食前の薬のようで、レジで「レジ袋はご入用ですか」と聞かれた時にあぁと思い出す。気づいた時にはもう遅くて、買ったものが入るような鞄は無くついついレジ袋を買ってしまう。本来であれば一応私も未来を担う立場の若者であり、環境問題には一層気を張るべきなのだろう。

しかし今までの日常ではレジ袋は物を買えば基本的には当たり前についてきた物であり、20年間の習慣が抜けていくのは時間がかかる。そう思っていた。

私の母は買い物に行く時は必ずエコバックを持って出かけていく。本人曰く「節約のため」だそうだ。細かいもったいないを取り除いていくことが大事らしい。私の母は今年で50を少し過ぎたぐらいで私の「買い物でレジ袋を無料でもらう」という習慣は私以上に馴染んでいたはずだ。なのに私とは違ってその習慣からは脱却し新しい習慣を身につけている。

 

強制された変化は”強制されている”と感じている間は身についていかないのだろう。体調不良の時に一時的に飲む忘れがちな薬も、有料になったレジ袋も意味がある物でありその理由を意識することにより体に馴染んだ習慣より頭が意識した変化を優先していくようになるのだろう。習慣だなんだと言って結局は自分が慣れようとしていないのだ。

 

変化に対応していく母と対応していない私。同じ物でもこんなに曇らせてしまう。